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2024/5/1

うつ病になりやすい体質が遺伝する仕組み

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • うつ病(大うつ病)の遺伝率は約30~50%とされているが、遺伝のメカニズムは不明である。したがって、それを理解し、治療法を確立することが望ましい。
  • 本研究において、新生児期に親から持続感染するヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)*1のSITH-1遺伝子*2に存在するR1A繰り返し配列の数が少ないと「うつ病になりやすい体質」になることを明らかにした。
  • これは、親に持続的に感染している常在微生物(マイクロバイオーム)の子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得ることを示唆している。
  • また、新生児期にHHV-6Bのワクチン接種による予防治療が有効である可能性が考えられ、臨床的にも重要である。
図1.

アルツハイマー病などの神経変性疾患では、遺伝子・蛋白質など分子レべルでの病態の解析が進み、それらの結果に基づいた治療研究が可能になりました。したがって、精神疾患においても、メカニズムの理解に基づいた治療開発を進めることが望ましいことは言うまでもありません。実際、メジャーな精神疾患の一つであるうつ病は環境と体質の2つの原因で発症し、同じ環境にあっても、うつ病になりやすい人となりにくい人がおられ、遺伝的な解析が重要であると思われます。これまでの一卵性双生児の解析*3などから、「うつ病になりやすい体質」は遺伝することがわかっていましたが、うつ病の遺伝に関しては、親から子への染色体の伝搬において、通常の染色体を介したメンデルの法則では説明がつかず、その遺伝の仕組みは不明でした。東京慈恵会医科大学の近藤一博教授らのグループは、新生児期に親から持続感染するHHV-6BのSITH-1遺伝子のR1A領域には、細胞内へのカルシウム流入を促進し、アポトーシスを誘導すると考えられるSITH-1の発現を抑制するように働く12塩基からなる繰り返し配列が存在し、過労・ストレスの結果、HHV-6Bが活性化して、唾液中に現れたHHV-6Bが嗅球に再感染した時、その繰り返し数が少ないとSITH-1産生量が上昇し、脳内ストレスを来たし、「うつ病になりやすい体質」になることを見出しました(図1)。これは、親に持続的に感染している常在微生物(マイクロバイオーム)の子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得ることを示唆しており、また、新生児期に「うつ病を起こしにくい」HHV-6Bをワクチンとして接種することが予防治療になる可能性を示唆します。これらの結果は、最近、iScience (Cell Press)に掲載されましたので(文献1)、今回はその論文を紹介いたします。


文献1.
Identification of a strong genetic risk factor for major depressive disorder in the human virome, Kobayashi et al., iScience volume 27, 109203(2024)


【背景】

うつ病(大うつ病)の遺伝に関してはその遺伝率は約30~50%とされているが、現状では、遺伝のメカニズムは明らかにされていない。以前に、著者らは、HHV-6BのコードするSITH-1遺伝子には、R1A繰り返し配列が存在し、その数は個人個人により異なり(polymorphism)、それが「うつ病になりやすい体質」に関連するかもしれないと予想していた(図1)。

【目的・方法】

この仮説を証明するために、外来患者さん77人(大うつ病46人)、健常者77人に対して、遺伝子の塩基配列を解析した。

【結果】

  • R1A繰り返し配列の数は個人個人によって2~27回と多様性が見られた。17以下の割合は大うつ病患者さんにおいて67.9%、健常者においては、28.6%で、「うつ病になりやすい体質」と有意に逆相関しており、オッズ比は5.28と高値であった。
  • R1A繰り返し配列の数が17以下の患者さんの家族には47.4%に別の大うつ病の患者さんがいたが、R1A繰り返し配列の数が18以上の患者さんの家族には大うつ病の患者さんはいなかった。

【結論】

以上の結果より、HHV-6Bは母子感染を通して、子どもやその家族に伝染して、生涯ウイルス感染が持続することから、HHV-6Bのpolymorphismが大うつ病の遺伝に影響すると推定された。

用語の解説

*1.ヒトヘルペス6B型(HHV-6B)
HHV-6Bは新生児期に主に母親から感染し、小児期に突発性発疹として感染し、その後一生涯ウイルス感染が持続する(潜伏感染)ことが知られています。うつ病を起こしやすいSITH-1遺伝子は、HHV-6Bとともに親から子に伝搬することで遺伝に関係することも判りました。
*2.SITH-1遺伝子
HHV-6Bは新生児期に主に母親から感染し、その後一生涯ウイルス感染が持続することが知られている。したがって、うつ病を起こしやすいSITH-1遺伝子は、HHV-6Bとともに親から子に伝搬することで遺伝に関係すると思われる。この発見は、メンデル遺伝として知られている染色体の親から子への伝搬による遺伝のメカニズム以外にも、親に持続的に感染している常在微生物の子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得ることを示すものである。SITH-1遺伝子は159アミノ酸からなるタンパク質に翻訳されるが、著者らは以前の研究で、SITH-1は細胞内の CAML(calcium modulating cyclophilin ligand)というタンパク質と結合して活性化し、細胞内へのカルシウム流入を促進し、アポトーシスを誘導することを観察している。また、アデノウィルスベクターを用いてマウスの嗅球でSITH-1を発現させると嗅球にアポトーシスが誘導されたことから、脳のストレスが亢進することでうつ病様の病態を呈する可能性が考えられた。
*3.一卵性双生児の解析
一卵性双生児のゲノムが全ての細胞でほぼ同一なのに対し、遺伝の影響を調べるのに使われるのが、一卵性双生児と二卵性双生児を、統計的に比較する手法である。一卵性双生児は一つの受精卵から生まれるため、遺伝子が完全に一致する。一方、二卵性は受精卵が別々なため、一般的なきょうだいと同様、遺伝子は平均して50%程度が一致する。一卵性双生児は、遺伝因子が同じであることから、環境因子が発症要因であることが明確である。さらに、遺伝要因が半分同じである二卵性双生児も併せて比較することで、遺伝要因と環境要因の関わる度合いがわかる。しかしながら、最近の研究によれば、一卵性双生児間でもゲノムとヱピゲノムの違いがみられること、これらの違いが双子間の精神・神経症状の重症度の際に関連している可能性が示唆されている。

文献1
Identification of a strong genetic risk factor for major depressive disorder in the human virome, Kobayashi et al., iScience volume 27, 109203(2024)